『女友達の親も、もはや親戚の如く』

旧知の仲は、1日にしてならず

シングルに限らず、
女友達は、貴重な存在だ。

20代の頃は、皆それぞれが、
自分に彼氏ができると
付き合い悪くなったり、
音沙汰なくなったり、

接触する機会が
めっきり減ったりする現象が起きる。

けど、フリーになると俄然接触率が高くなり、
再び頻繁に、連絡を取り合うこととなる。

そんな時期もあった。

30代になると、
立場上、仕事も忙しくなり、
彼がいようがいまいが、

会う機会が、以前よりは少なくるが、
コンスタントに連絡を取り、

会う女友達は、
おおよそメンツが取捨選択され、
決まってくる。

ここいらで、
結婚していった女友達と、
未婚のそれと、

結婚の是非によって、
環境が変わるので

会う頻度も、
でがける場所も
変わってくる。

今までは遠出して、
海に行ったり、

ディズニーランド行ったり、
旅行へ行ったりしたけど、

だんだんと会うのは、
平日の夜に、
ご飯会とかになってくる。

んで40代になってくると、
頻繁に会う女友達のメンツは、

判に押したように、
もっと厳選されてくる。

どうせ会うなら、
嫌な思いもしたくないし、
疲れたくないし、

気心知れた、
一緒に居て、
楽しく過ごせる人たちと。

ってとってことでね。
良い意味で。

ここまできたら、
彼女たちの人生のあんなことや

向こうも、こちらの
こんなことや、
あんなことも知っている仲となる。

今までの人生の
大半の話しを聞いてきているので
互いの性格も、癖の傾向も、男の来歴も、
知っているわけだが、

その中には、もちろん
互いの家族のことも、
よく知っていることになる。

女友達と四半世紀友人であれば、
その家族も、同じくらいの
人間関係を継続していることとなる。

結婚した友人のその子供も、
まるで自分の姪や甥のように、

それ入学した、受験した、卒業した、
就職したなど、彼氏ができた、
彼女ができた、など
いろんな事情を知っていることになる。

自分たちが、人生の折り返し
地点の年齢を過ぎると、

友人の家族、
特にその両親とは、

まるで親戚のおじちゃん、
おばちゃんと同じに

旧知の人間関係が、
形成されている。

また友人が、親に
こちらのことを話すから、

友人の親は、
私の人生の来歴を
もちろん知ってるし、

友人の親は、
親戚のように、

私の生活や健康について、
心配をしてくれることが多々ある。

最近、友人の親の心配をすることが増えた。

親の怪我や、介護や、入院や、手術など。

そんな知らせを聞くたびに、
親戚の親しいおじちゃん、
おばちゃんの心配をするように、

友人の親の安否を気にしたり、
健康を祈ることとなる。

最近それがめっきりと増えた。

そんなことを考える
4月の夜。

なんだかやっと
お正月を迎えたような心境。

つまりですね、
あまりに忙殺されて、

新年一新した心地も
今まで味わえず。

今、生きていることに
感謝する、春の夜。

友人のお母様のご入院と検査が
うまくいきますように。

そう念じながら、
寝る準備に。

ご無沙汰しておりました。

小文字由子です。

2 件のコメント

  • ヨコチャン❗️お元気そうで何よりです ご本読ませて頂いたのとちがうの?「三十路のカサブタ」の続編かしら。相変わらずテンポよく面白そうね本屋さんに並んだら教えてね 並んで買うわ❤️

    • 照子さま!

      嬉しいコメントありがとうございます!

      『三十路のカサブタ』の続編だと、『四十路のカサブタ』に
      なってしまいますが、もう『五十路のカサブタ』になっちゃうかもです~(^^;

      本、出す時になったら、是非ご連絡します!(^^♪
      ってー!

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